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2016年4月3日 - 2016年4月9日の記事

2016年4月 5日 (火)

源氏物語とラノベ

 と、云う事でネタが無いので久しぶりに時事関係で
 個人的には昨年末78Kgまで増えた体重を平均73.4Kg(最軽量時72.2Kg)辺りまで順調に落とした所で頭打ちが来た様で落ちなくなった…って辺りが有るけどwww
 まぁ此処で食生活戻すとリバウンドが来るので、もう一踏ん張り…再度落ち始めるまで2~3ヶ月掛かるだろうケド、目標は70Kgアンダーだし、ソコまで行けば食生活戻すぞ、と目の前にエサをチラつかせる今日この頃って状態…夏過ぎにはそうなってると良いなぁ…

 で、本題だが…時事とは云っても本題とはカナリ掛け離れる訳だが

少女誘拐事件の寺内容疑者は「女子高生アニメ好き」に異論噴出 源氏物語に注目集まる
 直近の報道では話されなくなったが、犯人確保当初にTV報道等でも何回か話題になった『犯人は女子高生の出るアニメが好きで、グッズをカバンにつけていた』と云うネタ
 『アニメグッズを持ってればソイツら全員アニヲタかよ!?』と云う世論に納得したのか負けたのか…最近は報道されなくなったが
(高校以前の友人・大学での友人等がインタビューで『特にアニメ好きってのは知らなかった』と証言してるのも含めての反応かも知れないが)
 で、先日上記の記事を見て、その『アニメ』ってのがハルヒだと知ったのだが、確かに一世を風靡して在る意味社会現象にもなった(動画サイトではEDのダンスを集団で踊った動画が乱立し、秋葉原のホコ天でソレやった莫迦が往路妨害で問題になったりと)作品な訳で、グッズの一つも持ってたからってヲタ扱いは確かにヲタに失礼だ

 で、この記事に有る通り、ソレなら源氏物語の方はどうなんだ、と云う話が出た
 コレは、特にこの容疑者が源氏物語を研究していた、とか愛読していた…と云う訳ではなく、事件の異常性を光源氏の性癖になぞらえて『グッズの一つも持ってたからって云うなら、高校時代に源氏物語を学習させられた事の影響は全く無いのか』ってな半ば云い掛りに近い論法ではあるのだが
(今、大学を卒業してる年齢なら、小・中・高の何処か国語(古文)の授業で源氏物語を題材にしてる事が多い筈…って事で、別にコイツの出身学校の教育要領を全て確認した訳でも無さそうだが)

 更にソレに対して『光源氏の表面的な行動だけを論って源氏物語の研究も良くしてない奴が軽々しく云うな』的な反論をしている奴らも居る様だ

 …本筋とは違う論争になった所で、私の本題
 コレって、どっちもどっちだよね?www

 源氏物語ってのは、確かに現存している日本文学でカナリ初期の時代の物だから、研究もされてるし、その分勉強のし甲斐も有るのだろうケド、当時としたら『貴族が好んで読んだトレンディ小説』な訳だよね?
 別に源氏物語の研究自体が無意味とは云わないけど、それ読んで誰が何を思うかは自由だし、私も原文こそ読んでないが粗筋を読むに光源氏はマザコンとロリコンを併発した処置無しの性癖異常患者にしか思えん訳で
 原文を読んでない現代の倫理観で判断した光源氏像と当時の風土・風俗を研究・理解した上で論じる研究者と話が交差する訳が無いのも事実で

 ただ、一方のハルヒはどうか
 ハルヒ…涼宮ハルヒの憂鬱を1冊目としたシリーズ小説で、世間一般にはラノベとして認識されている
 ライトノベル…現代の曖昧な定義で作られた新語なので、厳密な定義は無いが、一寸した手の開いた隙に『軽く読めるタイプの小説』と云う意味で付けられた区分だ
 以前、ついったで現役最古のラノベ作家を自称している笹本祐一氏に『御自身の作品で一番最初にラノベとして書いた作品はナンですか?(言葉遣い等変えてるが意味としてはコレ)』と問いかけた所、回答として『私は自分の作品をラノベとして書いた事は一度も無い(コレも同じ、言葉遣いは変えてます…詳細を覚えてないので)』と云う返信を戴いた事が有る
 まぁなら何故ラノベ作家を自称されるか、と云う突っ込みも有るが、ラノベが上記の通り定義が曖昧で、作家がガチのSF作品として書いていても(私も妖精作戦シリーズやARIEL等愛読しているが、設定がシッカリして考証もキチンとされている純粋なSF小説だと思う)、世間一般で気軽に読める小説だと認識されれば、もうソレはラノベなのだろう
 音楽にも『イージーリスニング』(ロックとかポップスとかを纏めたジャンル:軽音楽)と云う分類が有るが、コレも別に演奏者が軽くやってる訳ではなく、聞く側が一寸した気分転換に…とか『コンサートに正装で行く訳でもなく気軽に聞ける』音楽ジャンル…と云う意味であるが、コレと意味合いとしては同じモノだと思う

 ハルヒも…分裂で読むのを止めたが、一応ソコまでは全部読んだ
 取り敢えず、結構荒唐無稽な設定は出てくるが、特に設定等に矛盾は無く、本格的に検証すればソレナリに研究出来るSFだし、小説だと思う
 コレが源氏物語に劣ると誰が決められよう

 源氏物語では主人公:光源氏は幼女を養子にした上で手篭めにする…とか、義母を手篭めにする…とか、描写が結構在る
 コレって…現代風に解釈すれば『読者のニーズに合わせてシリーズ続けたらシリーズが破綻した』系の長期連作漫画に良く有る形なんぢゃね? って気がするのだ
 当時は出版技術ナンザ無い筈だし、多分、1冊書いたら幾つか写本はされたと思うが、基本、回し読みだったと思う

 原作者:紫式部は…藤原氏の流れを汲む貴族では有るが、当時の女性は社会的地位は然して高くなく、女房として天皇の流れを汲む『より大きな貴族』に就いてた訳で、その宮使えの最中に書いた小説が思いの他受けた…と云う経緯であると理解している
 ぶっちゃけ、同人小説が身内に受けた…と云う程度の話だ

 で、読者は写本の写本の…と何処まで行ったか知らんが、縁遠くの連中が読んでも紫式部には何の感想も返って来なかったろう
 紫式部が直接感想を聞ける範囲の層の中から『次は光源氏に育てられた娘が何時しか父性愛を恋愛に昇華して…と云う話が読みたい』とか『年若く光源氏を養う事になった義母が慈しみ育ててるウチに恋愛に発展させて…とか云う話を~』とかリクエストがあって、ソレに答えた結果がこの性格破綻児の誕生、となったのではないかと個人的には推測する
 同人小説で受けただけだから、新シリーズの小説を書き始めるより、在る程度設定が出来上がってるキャラを使い回した方が書き易い…と云うのは私も一時期同人作家をやってたから判る
 まぁ此処まで性格破綻になる位なら、新シリーズ打ち立てちゃえ…と、した方が良かった気もするが、読者のニーズで『光源氏が主人公でこう云うシチュ』と求められたのかも知れない

 ぶっちゃけ、どんな駄文でも他人が楽しんで読めば作品だし、どんな名文でも他人から見向きもされなければ紙屑…と云うのが小説と云うモノの本質な訳で、読者のニーズが『光源氏主役で』なのに読まれなくなるかも知れない新シリーズの執筆はしないだろうなぁ…

 さて、此処まで推測した上での結論、私としては『ハルヒ』も『源氏物語』も時の時勢に乗った流行小説であり、同格だ、と
 少女誘拐(この場合、監視付きで外出とかタマに有ったらしいから、監禁には該当しないのか?)の卑劣犯が少々グッズを持っていたから『その作品の愛好者でヲタ』とするのはあまりにも短絡だし、最近はその辺の報道文句は無くなってるからまだ良いが、最初からソンな事を報道の文面に載せるマスメディアの程度が知れる…と云う話
 次に何処からとも無く源氏物語が引き合いに出されたのは…まぁ紫式部には迷惑かも知れんが、部分的にとは云え、広く一般に知られた古典だけに引き合いに出される事が多くて大変だね…って程度で、コレを研究している連中を莫迦にする意味は無いだろうって事
 序でに云えば、個人的には源氏物語も興味が有る奴が読めば良いだけの流行小説であり、ソコまで神聖視する必要はあるのかね? 逆に、源氏物語を神聖視するなら、世に出回っているラノベも同程度には尊んで良いんぢゃね? と、思う…って事かな

 纏めがチト乱暴かも知れないが、云いたい事はソンなもんかな
 多少字数は少ないが…ってか、最近の記事の字数が多くなり過ぎてる嫌いもあるし、この程度の方が良いと自分では思う
 次回は…ネタが無いんだよねwww
 まぁ何か見つけて
 ソレまで皆様、御多幸を^^

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