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2015年3月17日 (火)

昨今の教育事情

 一応、教育機関に(事務だし大学だから余り最近のニュースに取り沙汰されるネタも関わって無い…と思ったんだけど、最近は大学病院の不祥事やら寄付金の不正使用とか、大学周辺でもキナ臭い話がニュースに載ってるなぁwww…私の業務に関係するニュースぢゃないけど)勤めてる身からして…ってか、私の学生時代等も鑑みて、少し書きたくなった

 昨今の体罰報道についてである

 私の育った70年代後半以降は、所謂校内暴力時代であった
 中学でも粋がってる連中や高校生ともなれば結構良い体格してる連中もおり、本気で暴れると手が付けられなかったのは今の時代も同じだろう
 強面の教師も居ないでは無かったが、生徒が集団で暴れ出すと流石に全てを一気に鎮圧出来る程強力でも無かった
 成績や内申書と云った、本来、教師側に有る武器は、学校乱立の影響か、『選ばなければ高校には行ける』時代だった事もあるし、ソモソモ校内暴力自体が全国的な問題として大騒ぎとなっており、一人二人をこの問題について内申書で酷評しても指して影響がなかった…と云う時期である
 更に高校時代で云えば、大学に行かずに就職する連中も多くいたし(私もその一人だが…校内暴力を起こした訳では無いぞwww)中卒のまま高校に行かない連中(流石にコレは本当に事情が有るか、上記校内暴力の当事者で行き場が無くなったかのどちらかが大多数だったが)もソレナリに居た世代だ

 私は中学は公立、高校は私立普通科に通ったが、高校で1人、クラスメイトが中退した事も有った
(ソイツは校内暴力では無く、純粋に成績不振で落第か中退かを選ばされた様だが)
 まぁソンな時期に学生生活を送ったのだが、比較的学生が大人しい学校に通っており、教師が手を上げる事に違和感は無かった
 学生側が教師に暴力をふるう事は稀だったが、教師の書類に悪戯書きやらナンやらは侭有った

 当時流行したドラマで『3年B組金八先生』と云う作品が有るが、流石にこの様な熱血教師は居なかったが、それなりに体育科や技術科の教師は強面だったし、逆らったり授業中に不始末をするとビンタの一つも飛んで来たのが当たり前だった

 校内暴力について、収束した要素がナンだったかは余り覚えて無いが、教師の実力行使が一面であった事は事実だと思う
 基本、云って分からん連中には体で教える事が必要なのだ

 さて、ソコで話は終わらない
 今度は一部で『暴力で云う事を聞かす事に味を占めた』…或いは『暴力で云う事を聞かす事に慣れた』教師が安易に暴力をふるうようになり、所謂体罰教師問題が発生する
 校内暴力がナリを潜めた時代に強面教師は不要と判断されたのだ

 その後、コレも教師に対する指導が行き過ぎて『児童・生徒に手を上げる教師は不要』と完全に放逐された事と、児童・生徒の権利ばかりを主張する親(所謂モンスターペアレントの原型)が発生する事で、児童・生徒と教師のヒエラルキーが逆転する

 教師の指導を聞く事もせずに、授業中に教室内…下手すると学校中を徘徊する事で、本人にその意思が無くとも結果的にサボタージュをする状態となった…所謂、学級崩壊と呼ばれる現象だ
 通常、小学校であっても一定の基準単位の授業を受けなければ進級不可(落第)となる筈だが、モンペが強引に『自分の子供は学校に行っている。授業を聞かせられないのは学校の不手際』とかナンとか無茶な云い分をゴリ押して進級をさせる等があり、一定水準の学力が無い者も次の学年に進級させた
 結果、次の学年では更に授業内容に付いて行けずに授業をサボる…と云う悪循環だ

 此処でもやはり強面が脅してでも授業を受けさせるべきだった訳だが、そうするとモンペが黙っていない
 『授業を受けさせるのが学校の責任』と云って置きながら、学校が強行的に授業を受けさせる指導をすると『ウチの子が自由を奪われ、精神的苦痛を受けた』と訴え出るのだから話にならない…のだが、ソレを押し通すのがモンペと云う連中だ
 当事者である児童・生徒を放っておいて教師とモンペの対立構造が出来上がる
 一度は世論もモンペの側に付き掛けたが、図に乗ったモンペの異常な要求が明るみに出ると次第にモンペ叩きに変化し、一時期は正当なクレームでもモンペ扱いにされる事さえあった

 此処でまた教師のヒエラルキーが上位に変わる訳だが、そうすると児童・生徒は自己内でヒエラルキーの上下を付ける様になる
 所謂いじめ問題の発生である
 いじめ自体は昔から有った…私も小学校時代はいじめられっ子だったが、私の時代のいじめは直接体に害する…つまり暴力的であったことやいじめられっ子も我慢の限界に達した時に逆襲する事があり(私も何度かは逆襲した)、当事者同士で解決出来る程度の問題として左程重大な問題にならなかった

 さて、この頃のいじめはもっと潜在化、陰湿化して直接殴る蹴るは無く、精神的に追い詰めるモノになった
 無視する、本人ではなく所有物を盗む・捨てる、携帯電話やNETが発達すると所謂裏サイトで結託したいじめを提案・実施する様になる…
 抵抗しようにも裏掲示板は匿名投稿なので、誰が発言したのかアタリが付けられても確認が出来ない
 しかも、確証が無くとも、実しやかに囁かれた発言は何時の間にか『真実扱い』されて『周知の事実』となる
 中高年の小僧ども故に『2chはハナシ7割で見る』と云う原則を知らず、NET情報のみを頼りに『悪人』を断罪する
 学校側も裏掲示板の撲滅等の手を打つが、原則事件が起きてから知ると云う後手策しか打てない
 この手の問題は予防が難しいのが難点である

 さて、そうなると教師は指導が難しくなる…何故なら『指導する必要が有る生徒は誰なのか』が判らないからだ
 匿名で行われる裏掲示板や被害者も被害拡大を恐れて相手を特定しないいじめでは、教師に出来る事はかなり少ない
 …と、まぁ学校側は元々が後手ゝに回らざるを得ない状況な上に情報不足で手が出せず、そのまま放置すると無責任扱いで強硬手段に出ると『やり過ぎ』と叩かれる状況に有る

 まぁソンな教師の現状を踏まえた上で、今の体罰問題である

 取り敢えず、最近の体罰問題の特徴は『いじめに直結していない』事が目立つ
 詰まり、いじめてる学生に指導とかいじめられてる学生を追い詰めているとかの状況では無く、本当に単純な児童・学生と教師の2者しか登場人物がない状況である
 序でに云うと類似点は意外にも学外である『五輪強化選手とコーチ』の図式に近いモノがある
 パワハラ・セクハラ(まぁ小中学生に教師がセクハラは不味いが…しかし、ウチの中学時代は保健体育の教師が籾山と云う女子生徒に『おっぱいモミ山』と徒名を付けて呼ぶ程度は有ったかな…今風に云えばコレもセクハラだ)の延長に有るという点からみると、上記学校内のヒエラルキー云々の問題よりコレに近い

 さて、では体罰を受けた学生はどうだろう…
 実際に会ってる訳ではないので、新聞等の記事から読み取るしかないのだが、他校からチームを招いての練習試合で腑抜けた試合を見せた…とか、試合中に掛け声が小さい・練習中に真面目に活動をしていない等の理由で体罰の理由としては結構真っ当だと思われる
 上記五輪云々でも程度の違いとしてこの傾向は有る訳だが…こちらは五輪強化選手が練習の成果が試合結果として覿面に出るのを判っている上で練習をサボるとは思い難いので、こっち(学校体罰以外)の問題としては、原因から再度検討する必要は有ると思うが

 さて、体罰は『絶対に悪』なのか? と云う、根本的な問題になるが、私は上記校内暴力時期に学生生活を過ごした人間なので、絶対に悪とは云わない…ってか基本肯定派である
 云って効かない連中には体で教える必要があるのだ

 人間は動物と違うと云う連中が良く居るが、どう違うのか私にはよく判らん…道具を使う・機械を作る・会話による意思伝達をする…等云うが、昨今の研究ではバービー等は枯れ木を集めて川を堰き止め餌場や巣にする事も知られているし、イルカの鳴き声や蜂の飛び方等で天敵来襲や餌場の場所等を伝達している事も知られている
 人間だってそれらが他の動物より旨く出来てるだけで、基本動物と同じなのだ

 詰まり、産まれて直ぐの個体に本能として『社会的なルールを守る』と云う情報は書き込まれていないのだ
 反社会的な事をすれば、自分自身に不利益が返って来る…と云う事を教育しなければ社会ルールは判らない訳で、その手始めが『悪いことしたら怒られる・殴られる=だから悪い事するのは止めよう』な訳だ

 で、逆説的に『コンな事したら怒られた=だから、コレは悪い事なのだ』と云う認識にも繋がる
 口で優しく云うだけで理解出来ない個体には、実際の不利益を与えなければならない、ソレが体罰で有る
 コレを体験する事で、『悪い事』を認識し、ソレらをしない様にする事で社会が守られる訳だ
(その個体も後々に悪い事をしでかして治安当局(警察等)に捕まる事を未然に防げると云う意味も当然ある)

 私が子供の頃は、教師に殴られたと親に云い付けると『お前がナンかしたんだろ?』と逆に親からも怒られたモノだ
 モンペ問題も有るが、実際にソレだけ教師のモラルが低くなったのも事実だ
 一応、教師と生徒と云う立場では本来、教師の方が社会的にも年齢的にも上位に居ると思う
 しかし、ソコに驕りが有る様では体罰は暴力になる
 上記五輪強化選手問題では此方の方が意味合いとしては強い
 『鍛える方』と『鍛えられる方』として、立場が違うのは当然だが、この件に関しては上下関係は基本、無いと思う
 稀に五輪メダリストのOB・OGがコーチとして付く事が有るが、ソレナリに名のある選手・トレーナーかも知れんが、五輪に出た事のない人間がコーチになる事も多い
 そうなると、選手の格と云う意味では選手の方が上になる事も多いと思う
 例えば、霊長類最強と誉れ高いレスリングの吉田選手相手にレスリングの土俵外でも喧嘩しても勝てる人間は稀…ってか居るのか? と思われるが、ソレでもコーチは必要なのだ
 まぁソレはトレーニングだけでなく、体調管理等もコーチが担当する事が有るからなのだが…そうなると、選手とコーチは対等のパートナーであって、上下関係が有る訳ではない事になる
 ソコを履き違えるとハラスメントが発生する
 ハラスメントが行き過ぎて暴力となり、コレは既に体罰では無い

 結論、教師が児童・生徒に手を上げる事自体は体罰ならば可だが、教師の驕りが根本に有る暴力なら不可…と考える
 まぁその判別が難しいのも判るが、『手を上げた』と云う事実だけで全ての教師を暴力教師扱いするのこそ、乱暴であり、そうされたくなければ家庭での躾をちゃんとしろ、と…本来家庭ですべき事を学校に丸投げして若干手を上げられた位でガタガタ抜かすな、と云う事である

 …と、云う事を数ヶ月…ってかもっと前だったか? 前に記していたのだが、発表の機会が無かったのでそのまま放置していた
 で、先日、体罰…ってか、中学だかで部活の試合後の態度キレた教師が胸倉つかんで揺さぶった上蹴っ飛ばして背骨を折るとかいう事件が起きた

 まぁ事件の発端としては別に有っても良い『体罰』だと思う
 部活強制の学校なら、生徒も被害者かも知れんが、本来、部活とは自己啓発…とは云わんがより高みを目指す為に課外活動を希望して行うモノの筈で、その最中に不真面目な態度を取ったのなら、責められるのは生徒の方である

 しかし、最近の教師は冒頭での、どの世代で育った教師なのかにも拠る…と云う事に思い至った
 つまり…体罰・暴力を振るわれた事の無い世代は、『他人はどの程度まで力を入れれば泣きが入り、どの程度以上力を込めると壊れる』と云う事が経験則として判ってない場合がある…と云う事だ
 序でに云えば、我等より若い…モンペに育てられた世代の場合、自己抑制が効かない=キレ易い世代とも云える
 コレは、過去の教育が残した負の遺産な訳だが、自分を抑えられない・殴る力加減が判らないと云う、およそ教師の適性がないとしか思えないような世代が存在し、ソレでも、その中から教師を輩出させないと人材不足…と云う面倒臭い状況が起きているのだ

 で、そんな不適正な教師に育てられた世代が、やがて教師になる訳で…この負の連鎖をどうにか出来ないモノだろうか、と云う事である
 まぁその頃まで私自身が生きてないかも知れんので、巨大なお世話なのかも知れんのだが…困ったモノである

 さて、今回はナンとか話題を捻くり出した…ってか、大昔の記事を練り直しただけだが、次回は…やっぱライダー映画かな?
 併せてミケSP6の事前集会(仲間内関係)ナンかも有ると思うので、ある程度記事には出来ると思う
 で、更に翌週はSP6当日だしな…
 と、云う訳でソレまで皆様、御多幸を^^

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