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2014年3月9日 - 2014年3月15日の記事

2014年3月10日 (月)

刑事ドラマと劇場映画のディレクターズカット

 いや、この2つは全く関係無い話なのだがwww

 取り敢えず前者から
 以前、私は現代モノのドラマの内、刑事事件を扱ったジャンルにおいて、以下の分類をしたと思う
・探偵モノ:主人公又は読者視点の登場人物が現場や証人を当たり、証拠を突き詰めて推理する(読者も探偵と一緒に推理する)もの
・刑事モノ:犯人が判っていてもいなくても良く、捜査の課程や犯人を追い詰めていく過程を楽しむもの
・法廷モノ:社会派とも呼ばれるが、ドラマを通して社会風刺して、現代社会の暗部や問題点を浮き彫りにするモノ

 先日来、毎週晩飯時に自宅茶の間で掛かっているので見ているのが『科捜研の女』、先日の土曜に昼飯時に掛かっていたので見て仕舞ったのが『法医学教室の事件ファイル』、序でに何時だったか劇場版の宣伝を含めて2時間スペシャルだかの再放送をナンとは無く見て仕舞ったのが『臨場』である
 序でに云えば、同じく土曜日昼飯時に流れているのを目にするのが『京都地検の女』である
 これらは、全て監察医・科学捜査研究所研究員・検視官・地方検事が主役のドラマだが、其々話によって扱う事件は違うのは当然だが、やってる事はみな同じで、上記のジャンルで云えば刑事モノに該当する
 殺人事件が起き、検死が有り、ソコで疑問を持った主人公が結局事件捜査も行い、解決に導く…
 現行法上でこの作業をやって良いのは『臨場』の検死官(資格としては警察官)と検事(担当する事件の捜査権は持つ)になるが、監察医や科捜研研究員ですら捜査を行う…
 先日、ナンの番組だったか、本物の元警官をスタジオに呼んで警察の実際を話させる番組を見たが、基本的に『鑑識』が証拠採取を行い『科捜研』が分析をし『刑事』が捜査する…と云う完全分業である…当然だ、だからこそのスペシャリストな訳なのだから

 昔、刑事モノと云えば『太陽にほえろ』『西部警察』等の様に『刑事一人ひとりが妙な徒名で呼び合い』、『ナニかと云えば直ぐ銃撃戦になり』、『犯人検挙の際は暴力も厭わず殴り合う…ってか、一方的に刑事が犯人を殴りつける事も結構有った』作品が主流であり、後に『実際の警察はソンな事しねぇよ』的な空気がお茶の間に蔓延した事に伴い、今の様な作りのドラマになったと記憶している
 後に『踊る大捜査線』において、殺人事件等の重大事件は『所轄に捜査本部が置かれるが、本部の指揮は本庁(警視庁・県警)が取り、証拠固めの為の手足となるのが所轄捜査員』と云う図式が盛り込まれ、事件の概要を推理・組み立てるのは県警等に居るキャリアで所轄に居るノンキャリアは証拠採集の為の手足(当然、地元密着で土地勘が有る為、と云うのも有る)である…と云う新常識を植え付けた訳だが、結局この方式を取っているドラマは『踊る~』だけで、最近の刑事ドラマでも所轄の担当刑事(又はその他の職業)が事件解決をして仕舞う

 話は少々変わるが、最近は時代劇の放映が無くなった
 コレは、素人考えだが幾つかの要因が考えられる
・時代劇を好んで見る老人が既に死に絶えた(は書き過ぎだが、数は減った筈)
・番組を斜に見る視聴者が増え、台詞に外来語や明治以降に作られた造語等が入ると鬼の首を取ったかの様にTV局に苦情を入れる等、迷惑な視聴者増え、作り辛くなった
・TVの解像度等性能が上がり、見えなくて良いモノ(カツラの線とか、セットの作りだとか)が鮮明に見え始めた事により、作り辛くなった
 …等々
 これらの要因から時代劇が無くなりつつあるのだが、その穴を埋めるのに今まで以上に増産しなければならなくなったのが刑事ドラマなのかもしれない
 で、結局同じ物ばかり作っても飽きられるので、主役の立場を変えてみた…と云う所なのかも知れないが、俯瞰して見れば結局、立場が違うと説明されても主役のやる事は然して変わらない(上記『踊る~』だって、殺人等の重大事件は柳葉敏郎扮する室井警視正と織田裕二扮する青島刑事の共同作業で解決する事が殆どで、青島刑事が手足の作業だけで済ませる話は余り無かったと思う)訳だが
 まぁ『様式美』『お約束』と云うのは日本文化を語る上で必要なモノなのかも知れないが、ソレばかりだと飽きる…ってか、既に今のTV業界がそうなっているので、衰退も近いな(ってか、既に衰退期)と思わなくもない

 さて、次に後者の話題である…
 先月のXライダーDay(バッタもんで月1回、定期的にXライダー:神敬介役を演じた速水亮氏が来て交流してくれる日)で、速水氏と話した際に出たのだが、劇場映画の尺と編集についてである
 人間が集中して物事が出来る連続時間は長く見て90分…と云うのは結構な人が聞いている話だと思う
 故に、最近の映画は2時間もの以上の作品は結構少なく、90分程度で終わらせるモノが多い
 まぁ話が面白くて2時間引っ張れると自信の有る作品は2時間以上のモノも有るが、劇場の回転等の観点も有り、やはり数は多くない
 で、その際に『編集』と云う仕事が入る
 速水氏が第一線バリバリで活躍していた40年前は、編集と云う作業・役職は然して重要視されておらず、監督が思い入れの有るシーンを削る等しない所為で、無暗に長く・テンポも悪い自己満足な映画ばかりだった…との事だが、有る時期を境に視聴者に楽しんで見て貰う為には不要なシーンをカットすると云う作業は重要である…と、認識がされたそうだ
 ソコで、撮影に関わらないで、出来た作品を確認して不要シーン(主筋に関係なく、テンポを落としてしまう恐れの有るシーン等)を切って行く作業専門の人間を置く事になったのだとか
 監督は撮影現場の人間なので、『このシーンを取るのに苦労した』『このシーンの役者の出演交渉に苦労した』等、シーンに対する思い入れが作品の出来と関係なく強く有る事が多く、監督に編集をさせると非常に自己満足度の高い(=視聴者に判り辛い)作品になるのだ、と云う

 ソコで、劇場用の作品としては、編集がバッサリ編集した作品を完成版として放映し、監督が切りたくなかった等の思い入れの有るシーンを盛り込んだモノを『ディレクターズカット』と称してメディア版として販売するのだそうだ
 確かに劇場の回転等を考えて尺を合わせる為に『必要』では無いが『有った方がより良い作品になる』事が判っていても泣く泣く切ったシーン等が有る作品と云うのも無くはないそうだが、多くのディレクターズカット版と云う作品は監督の自己満足を満たす為の無駄シーンを追加したモノであり、劇場放映版が見れるなら見る必要のないモノである…とは、速水さんの見解である
 劇場作品にしてもナンにしても、私は『泣く泣く切ったシーンを追加した』イメージが先行していたので、劇場放映版とディレクターズカット版の両方が入手可能であれば、後者を取っていたのだが、少々『目から鱗』の話であった

 私が子供の頃憧れたライダー(ちなみに所謂『中の人』もバッタもんでは大野剣友会のカシラ(岡田勝氏)も来られるし…)と直で話が出来る…と云うだけでなく、やはり長い期間、その業界に居る人だから云えるお話を聞ける…と云うのも良い機会である
 そう云う機会に恵まれるチャンスをモノに出来た自分は、ラッキーだったのだろう
 これからも話の中で、そう云う特筆すべき話が聞けたら紹介したいと思う

 さて、次回は…ネタが無いな
 まぁmixiで少々絡まれた話とかも有るが…ブログでするのもナンだしなぁ…本気でネタが無くなったらするのも良いかもしれないがwww
 取り敢えず、次回まで皆様、御多幸を^^

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